黒雲が王都の上空を覆い始めた頃、王国の北、かつての発酵自治区に朽ちかけた館があった。
その館の奥深く、闇の中に“ネギの宝石”が鈍く光を放っている。

カンジャン・キム『……これが“浄化”の宝石だと?ハッ、愚かだな。そんなものでは“発酵”の神秘には敵わん。』

男の口元には歪んだ笑み。
彼はかつて、発酵の可能性を極限まで追い求めるあまり、植物性乳酸菌に“黒麹菌”を掛け合わせ、危険な“暴走発酵体”を生み出した異端の研究者だった。

キム『キムチ界隈め……奴らは俺を恐れ、追放した。だが俺は見たのだ。発酵の“真理”を――腐敗と癒やしの境界を超えた、究極の力を……』

その背後には、大樽に満たされた“異形のキムチ”が蠢いていた。
まるで意思を持つかのように、壁を這うように発酵の蒸気が立ち込めている。

キム『ネギか……フープ王国の希望の象徴?結構。ならば俺は、この“黒キムチ”で絶望を広めてやろうじゃないか……!』

その頃、フープ王国王宮――

リョウヘイ『カンジャン・キム……名前は記録に残っていた。キムチ界隈の一部だった頃、発酵の暴走を引き起こして界隈から除名された……』

チョビ『確かに、あの頃“キムチ暴走事件”ってのがあったな。漬け床が自我を持ち始めて、村一つを包み込んじまった……』

レイ『おそらくネギの宝石の力は、彼にとって“発酵を制御する鍵”と考えられたのでしょう。』

ヒカル『だったらもう迷う必要はない。彼の元へ行く。奪われた宝石を取り戻し、母上を救う。』

リョウヘイ『兄さん、僕も行く。……前とは違う。僕はこの国を守るために戦える。キムチの力も、ネギの力も、未来のために使うべきだ。』

二人の兄弟の目が、真っ直ぐに交わる。

レイ『我が国王軍、第一部隊、第二部隊、共に出陣の準備に入ります。目指すは北の旧発酵自治区。……決戦の時です。』

カグラ『おっさんも行くでぇ!旅の疲れなんて吹き飛んだわ!』

フジ『えっ……また行くの……?……えぇ……。』

――こうして、王妃の命を賭けた最後の戦いが始まる。
兄弟が、王国が、再び一つになる時。
しかし誰もが知らなかった。カンジャン・キムが生み出した“黒キムチ”は、ただの発酵食品ではない。
それは、意志を持つ“菌”であり、かつてない災厄だった。